祈 り
彼女は端正な姿で椅子に座り
静かに話していた
思い出はいつも
青く沈んだ日暮れに浮かんでいたと言う
染みとおるような寂しさで
透明に浮かんでいたと言う
誰かと繋いでいたい指が
覚束なく自分の手に戻ってくるような
そんな寂しさだったと言う
黄昏の時まではいつも
一緒にいた自分の影法師さえ消えて
孤独が氷柱になって
青く月光に照らされているようだったと
そして彼女はぼくを見て寂しく笑って
しばらくの間は沈黙して
それから なお訥々と言葉を織った
自分の心の扉を開けて
小さな部屋へ入って灯火を点け
目を閉じて手を合わせて俯いていると言う
それしかないからという
誰かに向って願い
救いを求めているわけではないけれど
手を合わせ瞑目してじっと俯いていると
時が一緒に佇んでいてくれる
その中で自分の声にならない声が
静かに浸透するように
あらゆるものを乗り越えて
広がっていくのがわかるという
花を渡る蝶のように
急いでいる疾風のように
姿が見えない小鳥の声のように
丘の向こうの潮鳴りのように
思いが泣きながら
飛び散っていくのがわかるという
「慈愛に満ち溢れた愛しさで
愛された記憶がないの
なぜか孤独の固い殻の中から
出ることができなかった
仲間はずれにされていることに気づかず
蔑まれ傷つけられていることに気づかず
虐められていることにさえ気づかず
ずっと一人で短い棒を持って
周りを叩きながら田舎道を歩くように
ここまで人生の道を歩いてきたような
そんな気がするの
友情や愛は少なくとも五分五分だよね
今になって気づいたけど
私は求めることが多かったみたい
肩も心も寒すぎたんだもの
私のたくさんの思い出は
青く沈んだ日暮れが似合うのかなあ」