岬 の 月             アーカイブの窓へ   工房   案内


 ぼくは中学校の国語教師でした。教科書に従ってですが「日本の古典」の入り口をそっと覗くぐらいの、古文の授業をしていました。ぼくの国語教師としての得意技は文法
でした。もちろん口語文法です。しかし、言語の学習をするにあたっては現代の文章の文法を勉強するには、古典の文法もおろそかにはできません。また、その頃の古典の愛読書としては江戸時代の「松尾芭蕉」(奥の細道)・「鈴木牧之」(北越雪譜)などでした。まあ擬古文といわれる類のものでしたが・・・。で、古文の文法にもちょっとだけは自信があったのでしょう。今思うと恥ずかしいかぎりですが、こんな詩を書いてみました。

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 お話はまったくの創作です。昔の「霊異記」「今昔」「宇治拾遺」などなどからのヒントをもらったものではなく、完全にぼくのオリジナルです。
 この絵の二人の「鬼」は、もう六十年も前のぼくのアルバムにあった写真を使わせてもらいました。もしかしたら古典の名作の「風神・雷神」の絵かも知れません。けれども、とにかく出自のわからないものですので、勘弁してもらうことにして想像画を作りました。海の風景は全部ぼくの創作で、海原も東北旅行で撮影してきたものです。もちろん昼間の写真をぼくの得意技で夜にしての、コンピュータ・グラフィックスでの想像描画です。   主題は『孤独』です。


 岬の月

 


    振り向けば岬の月
   蕭々として凍る思い出の冷たさ 

 

その光 海面に砂金をまき散らしたる如くに輝きおり (うなもにすなかね・・・)
黒き岬の黒きままに影のごとく
遠く蒼き空に張りつきたり
海面より一匹の鬼湧き出できて
物言わず眼をば見開きて
蒼きあたりを突き蹴りして踊り狂い
岬の月を仰ぎ
大仰なる仕草にて悲嘆にくれつつ
時を渡るなり

やがて
なよやかなるさまにて消ゆるは
蒼きあたりに溶け入るやうに消ゆるは
おぼろに明るき天の心にやありけむ
岬の月の吸うといふなり

深海の魚共ことごとく居眠り呆けたるに
孤独なる鮟鱇一匹
己が灯火にて書を読みてあり
物語のいと悲しければ
鮟鱇、胸ふたがりてその思い耐え難く
ほお、と溜息すなり
溜息、泡になりて海中を上りて
海面より鬼となりてもがき出でたり
やや上にあがりて狂い踊る
その影の軽薄に悲しく
振りいよいよ盛んなれば
号泣のさまこそあはれなれ

深々と夜の更けたるに
閑として音なく
静寂なること筆舌に尽くし難きほどなれば
灯火の心細くなりゆき
鮟鱇、不覚にも瞼を落とすこと数度あり
ふと覚めて溜息のあれば
鬼もがき出でては踊り
悲嘆にくれては号泣し
月に吸われゆく

鬼、泣くに
涙のひとつにはひとつの月映り
はらはらと海面に月をこぼすなり
こぼれたる月の砂金のごとく
さざ波に浮きて漂ふさま
いとをかし

ひとつふたつの月の海中深く沈みゆかば
鮟鱇、その光に驚きて
まなこを磨きて眼前の書を読み継ぐなり
そは
己が命の物語とか・・・

朝になりて寝不足の鮟鱇
岬の底にて白き腹上にして寝たるに
心なき魚共集いさざめいて
鮟鱇をば指呼して嘲り笑ふ

しかれども
魚共のただ一匹として
かの鬼を知らず
鬼の舞を見ず
美しき岬の月をば知らぬなり

 

   振り向けば岬の月
   思い出は蕭々として凍るなり




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