ぼくの本(自 家 製 本 )たち

   シュンGの工房   案 内


  朱夏編では

 千葉の田舎の中学校へ赴任してすぐの頃、今でも鮮やかに映像として思い出す光景があります。春ののどかな田園(田んぼ)の中の小川のほとりです。学年初めの遠足で初めて受け持つ子どもたちとの楽しい語らいのひと時でした。このときにぼくはこの子らと共に学校の先生になることを決心したことを思い出します。

  けれどもこの青雲の志は次第にその清々しさを失っていきました。それは仕事に就いて生きていくことの厳しさと人間関係の難しさに馴染めないぼく自身の所為だったのでしょうか?

 この北総台地での教師生活の道すがらの光景には先輩や同僚との思い出や人間関係などはぼんやりとして幽かです。ただ子どもたちと過ごした姿しか記憶の鏡には映りません。

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 【 朱夏・はじめに 】

  雪 柳

 

大学を出て遠い田舎の学校の先生になった
その二年目だっただろうか
校舎は木造の古い校舎
早春、庭の木々の花たちはまだ蕾だった

一年生の子どもたちに俳句を作らせていた
『春らしく 花びんの中に 雪やなぎ』
小柄でおとなしく可愛い女の子のノートに
そんな句が小さな文字で遠慮していた
ふと教室の片隅を見ると
忘れられたように雪柳の小枝が二本
小さな白い花をつけて活けられていた

『春らしく』のことばが心に響いて
「いいなあ~」とそっと言ってその子の頭を撫でた
可愛らしい笑顔で彼女はぼくを見上げた
地域の小・中学校の文集に応募した
その句はさりげなく「ボツ」の箱に入れられた
なんだかその女の子のような気がした

でも古びた木造の教室の片隅にちゃんと春がいた
見つけた彼女は可愛らしい心でその春を詠んだ
誰にも春は来る
忘れられたものにも春は来る

あれから五十数年 ぼくはその句を忘れない


 

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