思い出の玉手箱                                               案  内   
om25
隠岐おもい 波に晩夏の 詩(うた)を聞く

 千葉県でたくさんの詩人たちに出会うことができた。そこにぼくと同じ島根県の隠岐島が故郷だという同郷のすてきな女性と知り合いになった。なんという懐かしさなんだろう。故郷をずっと遠く離れてからもう四十年も過ぎる頃に、同じように幼い頃を過ごしていた同郷の人に会うなんてほんとうにびっくりでした。しかも同じ趣味を持つ「詩人」として出会うのですからなんとも言いようのない近親感と仲間意識に嬉しさもひとしおでした。
 このコーナーにぼくが少年だった頃の大切な思い出がないことに、ふと寂しさを覚えて今月の更新であのもう七十年も前の懐かしさを記しておきたいと思いこんなCGを書きました。そういえばなんと懐かしい寂しさでしょうか。少年時代のあのひとりで大空を浮遊する鳶のような孤独を、ぼくはいつまでも大切にしていきたいと思います。

 今回はなんとも懐かしい思いになり、こんなコンピュータ・グラフィックのつまらない偽写真を思い出に掲載しましたが、やっぱり幼少の頃の「隠岐の島」は忘れがたいものがあります。思い出すのは海と波と大空とあの蓮華寺山からの段々畑・・・。松の葉の風の音、トンビの鳴き声・・・。そして、ひとり、さみしさ。この絵は実際のぼくの姿の写真ではありませんが、まさにあの頃の「シュン少年」そのものなのです。どうしてもこのコーナーに置いておきたくて「番外のページ」になりました。


  ひとり



  潮騒の響き
  潮風のさざめき



短い棒切れをもった少年がひとり
波打ち際の岩に腰掛けて
遠くを見る
洋々と広がった島の外海に
かつて父と見た遠い水平線を
思い出のように眺める
ひとしきり波は優しく
少年の影法師を洗う

少年はひとり丘の上から
遠くに光る海を見る
大きく湖になった島の内湾の海の
向こうの町にいるはずの母を思う
今朝 ちゃぶ台の上の冷えた飯と汁を
いつものように少年はひとり黙して食べた
母は早暁 仕事に出てしまっていた
今夜も月の光に濡れて
ひとりで帰ってくるのだろうと思う

青く高い空 今日一日をのせて雲が流れる
トンビが輪を描いて夕焼けを呼ぶ

やがて丘をおりて
段々田んぼの畦道に下る
部落の道ですれ違う村人たちの一瞥のために
傷だらけになった心の痛みを
うつむくことで庇いながら
少年は黄昏の道を足早に家に向かう

日はとっぷりと暮れ
庭先から見える向かいの山の麓の墓所に
今夜もぼんやりと
人魂の青白い火が見える
部落の家々には 蛍のようなあかりが入った
満天の星
闇に沈んでいく静寂

部屋に入ってランプにあかりを入れる
母はまだ帰って来ない
冷たい飯とみそ汁で腹を満たし
古畳に腹這いになって
もう十数回も開いた少年雑誌を
また開く
そして少年はいつのまにか
すうっと「今日」を失う

終日 少年の口はことばを使わなかった



  遠い潮騒
  潮風の歌


  誇り高き悪戯


時間のかすみの向こうにうっすり見える
戦争という風で飛ばされたように
疎開した寒村でのまぼろし
少年の頃の悲しく温かく育った反骨精神を
ぼくは今でも大事にしている
貧乏人 よそ者 ゴクツブシ 悪ガキ
なぜかそんな言葉が懐かしい

棒切れを持ってはいたけれど
村の小道を歩いていただけなのに
木戸を閉めてギョロ目でじっと見張っている
田んぼに映る雲の流れを見ていただけなのに
野良猫を追い払う手振りをする
道端で杏を二つ拾っただけじゃないか
なんで石を投げるんだよ
浜で海の向こうの町を見ていただけだよ
なんで急いで干したイカを片付けるんだよ

四年生の担任の男先生と
校長先生はやさしかった
「田に石投げたか?」
「うん。」
「杏を投げ返したか?」
「うん。」
「村のむんがな、
『しゅんは、がいなことわあさしちょっけん
ちいと灸すえてごしない。』
てて言っちょっけんな!」
「畑のきゅうりかじったか?」
「うん。」
「味瓜かじったか?」
「うん。」
「トマトは?」
「うん・・・。」
「干したイカもか?」
「うん。」
「しゅんはネズミか?」
「・・・・・。」
「いい子だけん、そげなこと、もうやめっだが・・・。」
それからたくさんのありがたいお話を
やさしい口調で諭し終わると
二人の先生は
ぼくの頭を撫でて何処かへ行った

野良猫やタヌキやネズミや
鳥や虫や
中学生のやったことまで
なあせ みんな「しゅん」の所為にすっだが?

ぼくはうなだれて
ひとりで職員室を出ようとした
三年生の時の
お姉さん先生が立ってきて
黙ってぼくを抱き寄せた
温かくて柔らかい胸に顔をぎゅっとくっつけた
このとき初めて 涙ってあったかいんだと思った
お姉さん先生にだかれたら
気持ちが懐に入ったみたいに温かくなった
お姉さん先生は何も言わないで
ずっとぼくを抱きしめていた
それからぼくを覗き込んで
袖で涙を拭いてくれて
にっこり笑いながら頷いてくれた
先生とぼくの気持ちが通じた
うれしかった

村人のまなざしと ぼくの悪戯は
「にわとりと卵」だった
相変わらず冷たく そしてより巧妙に
その攻防はそれからも延々と続いた。

そして ぼくは誇り高いのだった
ぼくには お姉さん先生がいるもん