朗読詩集「花の少女たち Ⅱ」                     詩の道標    案内

思い出行きの切符




もし 思い出行きの電車があって
あの町への切符があったなら
たとえどんなに遠くても
たとえその切符の値段が
どんなに高くても
そんな切符があったなら
あの子の町までの切符を買って
ぼくは会いに行きたいと思います

一枝の果実の
たわわな奴を肩にして
会いに行こうと思います

とっても明るい日だったっけ
露地から棒を振り回して
飛び出してきた女の子
五、六人の男の子を従えて
美しい娘になった
あの水飴屋の女の子に
会いに行こうと思います    

シベリア鉄道の九十にち間
バイカル湖から天の川へ登る
イルカに引かれた
水上の馬車のような
そんな電車に乗って
夢の高原をゆき
白樺の林を過ぎると
むせるような思い出の予感が漂います

遠い追憶の中で
友と青春の草むらに腹ばい
若さいっぱい笑顔の花を咲かせていた
あの女の子に
星を磨いて夜空を飾り
月を抱いて明日へ微笑んでいた
あの女の子に
心の底から会いたいと思うのです      

modoru





あのとき
澄んだ水面に書いた恋文を
春風がさざ波で消してしまったこととか
教室のパンジーの鉢を
ベランダの日溜まりに並べて
幸せには三色があると教えたこととか
銀色に光って落ちて
黒い星になったあの子の涙のいくつかを
拾っておいたから
それを返したいこととか       

会えば懐かしさが色変わりして
晩秋の縁側の日溜まりで
黒い影になって
黙しているだけになるだろうし
言いたいことが女々しくて
恥ずかしくて言えなくて
そんな情けなさが
いっそう寂しくなるだけでしょうから
そんなことは手紙でいい
さもなくば遠慮がちな電話でもいい
それで十分なのでしょうけれども
      
やっぱり
あの子に会いに行きたいと思います
心がぼろぼろになって
寂しくてふるさとに帰るように
抱きしめてもらいたくて 
母に会いに行くように
待ち続けている幼子の面影を
胸に描いて
家へ急いで帰る母のように

初めてデートに出かけたときの
あのとっておきのときめきで
心のずっと底の方から込み上げてくるのです
あの子の面影になんとしても会いたいのです

そんな 思い出ゆきの切符があったらいいなー