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随 想
    書 斎    案 内


  ぼくの心に水面があるなら

 そこに映って微かにさざなみをたてたことを

 消えないうちに「文章」」にしておこう。

     時が移り、そのさざなみが消えてしまっても

     心の奥にもうそれは印刷されているように〜。

  
  みちしるべ     波の絵    あだ名 


 波の絵

 

 

遠くから盛り上がり揺れてやってくる
波を描いていた
隣に並んで同じ風景を描いていた友に
お姉さん先生は言った
「シュンちゃんのように見たままを描くのよ。」
友は海を水色で平面に塗りつぶしていただけだった
ぼくは得意になって
押し寄せてくる波の盛り上がりの
陰影を丹念に描いていった

展覧会では友の絵が展示された
画用紙の隅には大きく赤い文字で
「優秀」の印が押されていた
お姉さん先生はぼくの絵の方を
あんなに褒めてくれたはずなのに
残念で不思議だった
しばらくして先生はぼくの絵を
大事そうに丸めて紙で包んで返してくれた
「やっぱり波が大げさだったのかも知れないね。」
そして、ぼくを見下ろしながらすまなそうに言った

友はおばちゃん先生の子どもだった
おばちゃん先生は学校では偉い先生だった
ずっとずっと後になって
不思議の意味をぼくは想像した

思い出の中のたくさんの疑問は
大きくなってからつぎつぎと
ぼくの心の中でポロンと割れるように明らかになる
そして中から玉手箱の煙のようなものが流れ出して
ぼくの思い出を人間らしく混色の色合いにしていく
審査をした先生たちに忖度の風が吹いていたのだろう
絵の優劣に物差しはない

ぼくは今でも絵が好きでよく描くが
決して海を水色だけで平面には塗りつぶさない
「シュンちゃんのように」何でもよく見て描く
ぼくの絵を褒めてくれたときのままの
お姉さん先生の笑顔を思い出したいから・・・

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