詩の小舎                               書斎      案内

 x3

目 次  マッチの光  思い出ワイン  少年  交響詩「李花さん」     交響詩「天の川」  ハクサン・フウロ 

     オカリナの思い出   線香花火


     マッチの光



 「プロローグ」

みぞれ混じりの雨が降る夜
友の死を悼みながら
遥かな思い出に誘われて集まった
冬の町の外れの
小さくて仄暗い喫茶店の片隅で
ぼくたちは
思い出のようにマッチを取りだして
一本また一本と灯す
一人が亡き友の思い出をひとつ語る
みんなはそれを黙って聞いている
次の友がまた一本マッチを灯して
亡き友と自分の思い出を語る
「わたしはね・・・。」
次の友もマッチを灯してまた語る
男の子にも女の子にもそれぞれの思い出がある
通夜の夜伽のように次々と小さな炎に浮かぶ物語
亡き友らしいエピソードが重ねられてゆく
灰皿の燃え残りのマッチ棒の山のように・・・
そして深々と夜が更けていった


 「その帰り道で」

どうして
どうして別れの乗換駅で
開いた電車のドアの前で
あなたはそんなに温かく微笑むのだろう
もう人生の表通りを曲って
小路に入ったぼくたちの
黄昏の小道であなたは
泣きたくなるほど
泣きたくなるほどきれいに微笑んだ
ああ、それは青春よりもきれいに
ぼくの心の中を照らしている
さっきまで語り合ったマッチの炎のように

乗換駅を電車は過ぎていく
テールランプの赤い光が
冬の雨の夜の闇に滲んで消える
空高くそびえるビルの窓の光の
光ごとの物語のこぼれた新宿の夜
ふと突然に浮かんだ友情の絆が
泣きたくなるほどに綺麗に結ばれた
高校三年生のクラス会の絆が
そして同級生の一人だった女性のあなたが
ぼくを不思議な物語の中に誘っていた


 「思い出の中を歩いていた」

夜中の揺れる電車の中で
ぼくは一週間前のあの教育研究所の
廊下での偶然の出会いを思い出した
もう三十年ほども前に
中学校で教えたあの娘に会った
クラスの副級長だったあの娘に会った

ぼくの仲人で結婚をしたあの娘に
偶然に出会った
一人の女の子の母親になって
やさしく微笑むことができるようになった
その口元の若い愛らしさに
どうして今さらながら驚いたのだろう

夜の電車の外は冬の雨
氷雨は
氷雨らしく冷たく静かに
夜を濡らしているのだ
若いお母さんになった教え子の
何も言わないで縋りついてきた
ぼくの昔の生徒のおばさんを抱き止めて
ぼくも沈黙のまま
思い出に沈んでしまった
教育研究所の広い廊下が
沈黙の思い出に濡れているようだった 
彼女は今はもう
高等学校のおばさん先生になって
教科書の執筆をしているという
「せんせい・・・」
そのたった一言で甘えた教え子の
手を握りながら・・・
もうさっき乗り換え駅で別れた
あの同級生の泣きたくなるほどに綺麗だった
夜の電車の窓ガラスに映る面影の微笑みに
教え子のおばさん先生の面影を重ねて
まるで縁のないはずの二人を
愛おしくぼんやり思い出していた

闇の静寂へ
線路のひびきを規則正しく響かせて
走って行く電車の中で
流れる冬の夜の小雨を
滲むような街の灯火を
ぼんやり見ながら
なぜふっと思い出したのだろう
さっき別れてきた
あのきれいな笑みがそうさせたのだろうか
「せんせい」と抱きついてきた教え子の
おばさん先生の愛らしさがそうさせたのだろうか

 

 「次の日の幼稚園で」

今朝は妙に風の強い
寒い寒い朝になった
それでも幼稚園の子どもたちは
木枯らしの庭に吹っ飛び出して
嵐に舞う枯れ葉よりも
枯れ葉のように
走る走る 走るのだ

おい、寒かあねえかい?
寒いね、園長先生・・・

 

 

* 先頭へ戻る


そうしてぼくの前に列を作って
ひとりずつ
順番に順番に
ぼくに登って胸に抱っこする
甘えん坊の幼い子らの
不思議な遊びの仲間になって
ぼくはすっかりのお爺さんらしく
枯れた大木になる
胸まで登って来たら抱っこをする
愛らしさにぎゅっと抱きしめて下す
その子は再び列の後ろに並ぶ
延々と不思議な遊びが
寒い園庭で果てしなく続く
だんだん腰が痛くなる

そんな木になって
寒い寒い空っ風の庭に
登りやすくしながら立ち尽くす
登りきってぼくの首にしがみつく
幼い子の愛らしさ


 「午後三時・帰り道」

寂しいそよ風
木になって子どもと遊んだ
幼稚園の帰りに
いつもの道でおばあさんに会った
お久しぶりです
こちらこそ
芽を出したばかりの作物は?
麦なんですよ

おじいさんはお元気ですか?
二ヶ月前に死にました
えっ!
夕方まで元気だったんですけどね
その夜に突然の心臓マヒで・・・。

ひとしきり追悼の
思い出ばなし
おじいさんの面影が浮かぶ
この年になるともう
死ぬことが怖くなくなりましたね
そうなんですよね
若い頃に感じたあの恐怖感は
もう無いんです

おばあさんは何度もそう言った
今日、明日といわれると
ちょっと困るけど
もういつお迎えが来ても
よいしょと腰をあげられます
それまでゆっくりと生きていましょうか
ですね
寒いそよ風が吹いていた
なんだか安らぎに満ちた寂しさが
畑一杯になっているように思えた
若い麦の芽が揺れている

役場の「夕焼け小焼け」が空に響いた
もう夕飯のときですね
そういうとおばあさんはニッコリ笑った
寂しくてもお腹は空きますものね
わずかに寂しさを浮かべた微笑みは
寒く澄んだ空に静かに咲いた
でも、心は安らいでいた


 「エピローグ」

電車に乗って行ってしまったやさしい笑顔
副級長のおばさん先生の口元に咲いた笑み
抱っこしてにやりとする幼子の笑み
広い畑の道にポツリと佇むおばあさんの笑み
・・・・・
ああ
寒すぎる二月の風よ
冷たすぎる二月の小雨よ
ぼくの人生のように寒くて
静かで暗い細道の水たまりの
その夢幻の面影が咲く水鏡に
さざ波を立てるな
ぼくを包み込む
冷ややかに寒い風たち小雨たちよ
ひとときの夢幻の幸せに
愛しい笑みの面影に
寂しいさざ波をたてるな

もう冥土への旅を終えて
永遠の地にゆっくり荷を下ろしているか
友よ
きみも主役や脇役になって
何度もぼくの思い出というスクリーンで
ぼくたちと一緒に青春という劇を演じ
人生という劇を演じて、たくさんの思い出を作ってきた
逞しく頼もしい表情で空を見ていた友よ
優しく温かい笑顔でぼくらを見ていた友よ

そのうちにぼくも行くから
けれども今は、もう少し待ってて欲しい
きみとの思い出のひとつひとつを
マッチの光で語り合った
あの優しく美しく可愛い面影と
心を寄せ合った笑顔たちをお土産にして
きっと近いうちに逝くから
もう少し待っていて欲しい

今日も畑のおばあさんがぼくの通りがかりを
心待ちにしているかもしれない
あの幼稚園の幼な子たちは
きっと明日も並んでいるだろう
お爺さんの木はまだ終われそうにないのだ

                     完