そうしてぼくの前に列を作って
ひとりずつ
順番に順番に
ぼくに登って胸に抱っこする
甘えん坊の幼い子らの
不思議な遊びの仲間になって
ぼくはすっかりのお爺さんらしく
枯れた大木になる
胸まで登って来たら抱っこをする
愛らしさにぎゅっと抱きしめて下す
その子は再び列の後ろに並ぶ
延々と不思議な遊びが
寒い園庭で果てしなく続く
だんだん腰が痛くなる
そんな木になって
寒い寒い空っ風の庭に
登りやすくしながら立ち尽くす
登りきってぼくの首にしがみつく
幼い子の愛らしさ
「午後三時・帰り道」
寂しいそよ風
木になって子どもと遊んだ
幼稚園の帰りに
いつもの道でおばあさんに会った
お久しぶりです
こちらこそ
芽を出したばかりの作物は?
麦なんですよ
おじいさんはお元気ですか?
二ヶ月前に死にました
えっ!
夕方まで元気だったんですけどね
その夜に突然の心臓マヒで・・・。
ひとしきり追悼の
思い出ばなし
おじいさんの面影が浮かぶ
この年になるともう
死ぬことが怖くなくなりましたね
そうなんですよね
若い頃に感じたあの恐怖感は
もう無いんです
おばあさんは何度もそう言った
今日、明日といわれると
ちょっと困るけど
もういつお迎えが来ても
よいしょと腰をあげられます
それまでゆっくりと生きていましょうか
ですね
寒いそよ風が吹いていた
なんだか安らぎに満ちた寂しさが
畑一杯になっているように思えた
若い麦の芽が揺れている
役場の「夕焼け小焼け」が空に響いた
もう夕飯のときですね
そういうとおばあさんはニッコリ笑った
寂しくてもお腹は空きますものね
わずかに寂しさを浮かべた微笑みは
寒く澄んだ空に静かに咲いた
でも、心は安らいでいた
「エピローグ」
電車に乗って行ってしまったやさしい笑顔
副級長のおばさん先生の口元に咲いた笑み
抱っこしてにやりとする幼子の笑み
広い畑の道にポツリと佇むおばあさんの笑み
・・・・・
ああ
寒すぎる二月の風よ
冷たすぎる二月の小雨よ
ぼくの人生のように寒くて
静かで暗い細道の水たまりの
その夢幻の面影が咲く水鏡に
さざ波を立てるな
ぼくを包み込む
冷ややかに寒い風たち小雨たちよ
ひとときの夢幻の幸せに
愛しい笑みの面影に
寂しいさざ波をたてるな
もう冥土への旅を終えて
永遠の地にゆっくり荷を下ろしているか
友よ
きみも主役や脇役になって
何度もぼくの思い出というスクリーンで
ぼくたちと一緒に青春という劇を演じ
人生という劇を演じて、たくさんの思い出を作ってきた
逞しく頼もしい表情で空を見ていた友よ
優しく温かい笑顔でぼくらを見ていた友よ
そのうちにぼくも行くから
けれども今は、もう少し待ってて欲しい
きみとの思い出のひとつひとつを
マッチの光で語り合った
あの優しく美しく可愛い面影と
心を寄せ合った笑顔たちをお土産にして
きっと近いうちに逝くから
もう少し待っていて欲しい
今日も畑のおばあさんがぼくの通りがかりを
心待ちにしているかもしれない
あの幼稚園の幼な子たちは
きっと明日も並んでいるだろう
お爺さんの木はまだ終われそうにないのだ
完