詩の小舎                               書斎      案内

kx1

 目 次   マッチの光  思い出ワイン  少年  交響詩「李花さん」     交響詩「天の川」  ハクサン・フウロ 

       オカリナの思い出   線香花火


 交響詩・天の川(ミルキー・ウエイ)

  第一楽章 縄文人たちのお話し
    
あの夜の天空に流れるような星雲を
ある人たちは「天の川」という
また、ある人たちは「ミルキー・ウェイ」という

遠い昔のことです
清らかな流れ(夜空の天の川)の畔に
小さな庵(機屋・はたや)がありました
人々が春の田仕事を終えてほっと一息つくころに
村の娘さんたちは
その庵の機屋で美しい絹織物を織りました
「秋によい実りを約束してくださいますように」と
八百万の神々たちへの贈り物の布を織ったのです

きっと八百万の神々たちは
旅の途中をこの機屋に憩い
郁子(むべ)、蜜柑、山桃、山葡萄を食しながら
棚織つ女(はたおりつめ)さんとお話をして
五穀豊穣、秋の実りを約束して
それぞれに好みの衣服をお土産に
次への旅に向かったのでしょうか

山で見るような星でいっぱいの夜空を見上げながら
大河のような星雲の流れに
縄文の人々はそんなお話を代々伝えたそうです。
日本民話の棚機(たなばた)物語を思い浮かべ
八百万の神々の旅を空想しておりました


  第二楽章 ズラミスとサラミの伝説

「悪いが先に行くよ」
ズラミスは妻のサラミにそう告げて天国へ逝きました
庭仕事が好きだった夫ズラミスの棺に
サラミは愛用のスコップを入れました

「私にもお呼びがあったよ、いま行くね」
それから何年かしてサラミは夫のいる天国へ
自分も召されて逝くことになりました
おそらく夫ズラミスは愛用のスコップで庭仕事でしょう
私も手伝わなくちゃ
サラミは自分が使っていたスコップを
自らの棺に入れてもらいました

サラミは星でいっぱいの天国へ行きましたが
夫ズラミスとは遠く違う場所に着いたのでしょうか
会えないし 噂も聞こえませんでした
なんだか寂しくて
ある日、玄関の外へでていつも夫がしていたように
庭作りのスコップについた土を落とす仕草をしました
ズラミスを思い出してトントンと五回スコップで庭の土を打ちました
するとしばらくして
東の方角からかすかなトントンが五回聞こえました
あっ、ズラミスだ!

まわり中にあふれている星たちをスコップで集め
サラミは音のした方へ星を敷いて道を作りました
そして、ふと一休みにトントンを五回打ちました
なんと、その度に微かにトントンが五回返ってきます
うれしくなってサラミは集めた星で道づくり繰り返し
来る日も来る日もそれを続けました
返ってくるトントンはだんだん大きくなりました

そして、もう地上では千年ほどの時が過ぎた頃
ふたりはシリウス星(双子星)の近くで出会いました
なんとそのときの抱擁が一年も続いたと・・・?

二人が出会った時
長い長い真っ白な星の道ができていました
それがあの夏の夜空のミルキー・ウエイだと
子どもたちはだれもが信じているのです
美しい森と湖の国フィンランドの伝説だというのです
              *(トントンは俊の創作です。)

  三 教育相談室のおじいさんになって

長い人生の旅をしてきたものには
あの星雲は天の川のように見えるでしょう
そう、老いたぼくには長い人生を舟で流れてきたように思えます

老いの川べりに船を止めて陸に上がり
小さな機屋のような庵でぼくは今ほっとしているところです
誰もいない静かな隠れ家のような庵だけれど
小さな扉は開いたままに訪うものを拒まない庵のようです
小さな窓は開けたままにして
来し方行く末が見えるようにしているのでしょう
ぼくは疲れた体を椅子に乗せて、コーヒーなどを飲んでいました
そして庵の中央の古い大きなテーブルに
背負いきれない大きなザックを置いて
一抱えもあるように厚くなったぼくの古いアルバムを出して
いつでもどのページでも開けるようにしています
   
老いて文字も消えかかった道標のようにアルバムを眺めて
長い旅の疲れを吐き出すように息をついていました
すっかりセピアの数々の思い出の写真に
拙い言葉のシールを貼って誰かを待ってでもいるように・・・


  第四楽章 青春相談室を訪れた少女に

これから向かう明日を思う時
あの星雲は白い道になるのでしょう
そう長い人生をこれから歩もうとするものには
この道は「ミルキー・ウエイ」なのです

彼女は幽かな気配で来たようです
機屋の扉の少し開いた隙間から姿が見えました
たしかに見えたのです
不安な憂愁を浮かべて
ギリシャ神話の女神の横顔の少女を見たのです
白い馬が引く銀の馬車に乗ってミルキー・ウェイを来ます
星の宝石を敷き詰めたようなその道を
銀の馬車に乗って、淡く白い布をひらめかせながら
どこか寂しげなのに涼しいまなざしの少女が来るのです
あの大空の星雲を明日への真っ白な道にして
その子が真剣な表情でくるのです
きっとここへ来てぼくに尋ねるでしょう
「ここから私はどこへいくのですか?
今は青春の真っ只中だと聞いたのですが
ここは一体どんな処なのですか?」
庭先に留めた銀の馬車の白い二頭の馬たちは
しきりに駆け出したい様子なのですけれど
頷きながらぼくはその子を庵の内に招くでしょう
その子は真剣な眼をしてぼくにさっきの問いを突き刺すでしょう
ああ、ぼくは彼女の問いに答えなければならない
それがぼくの仕事なのですから

ぼくは古い机の上の分厚い自分のアルバムを
背表紙の方から捲りながら、その子の問いへの答えを探すのです
もうすっかり古びてセピア色になったぼくの青春を見つけて
それを示しながら「青春の意味」を答えようと思います
ここ(青春の真っ只中)では
例えば、きれいな夢の外殻が剥がれるように壊れてしまう悲しさとか
例えば、青春から明日への道は濃い霧の向こうに消えているんだよとか
さらに例えば、人は誰でも優しさと意地悪さを持っているんだよとか
もっと例えれば、ほんとうの幸せは誰かと温かい心が通い合うことだよとか・・・。
あの「思い出考古学」の知識で
ぼくは自らの古びて消えそうになっているアルバムの写真のような
ぼく自身の人生の経験をその写真に思い浮かべて
伝説のようにぽつりぽつりと語ってみようと思います

それが人生を行くミルキー・ウェイの辺りの小さな休憩所のような
そんな庵のこの機屋・「青春相談室」で
ぼくがいただいた生業(なりわい)なのですから・・・。

* 牽牛と織姫の伝説「天の川」のお話はアジア(中国)の伝説。
  女神ヘラの乳房から溢れ出たミルクの跡だという伝説「ミルキー・ウェイ」はヨーロッパ(ギリシャ神話)の伝説。
  でも、世界にはあの夜空の星の白い帯の伝説はたくさんあるのです。



* 先頭へ戻る