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 思い出ワイン

 

とっておきのワインを
誰かと一緒に飲みたくて
その誰かを探しに町へ出た
      
樫の木の古馬車に積まれ
黒い樽の中で揺れながら
眠ったままで長い時間を渡ったという
そのワイン
芳醇な香りとまろやかな味は
飲む人を雲の揺籠に乗せ
風の波に揺られている夢を見せるという
そのワイン

古風に飾られた部屋の木製の丸いテーブルの上に
幾つものまるい木もれ日が揺れる
そんな林の中のレストランで
チンときれいにクリスタルのグラスを鳴らして
二人だけで飲みたくて
そのワインに似あう人をぼくは探しにでかけた
   
田舎の停車場
電車のガード下の
「ほろ酔い銀座」と呼ばれる飲み屋街
場末の映画館
町外れの遊園地
神社の境内
城跡の裏山の小道
ぼくは人生の旅人のように
探して歩き続けていた

なぜかその道は   
いつしか思い出への町に続いていた
あの教会の前
学園校舎の裏の白樺の丘
ガード下の喫茶店の入り口
忠犬ハチ公の銅像の待ち合わせ場所
そんなところにたたずんでぼくはふと思った

このワインに似あう人は
どうして遠い昔に心を通わせた人しか
いないと思ったのだろう。
いいや そんなはずはない
まだ出会ったことのない人の中にだって
そのワインにふさわしい人がいるはずだ
ぼくは明日になったら
明日の方に続く道にも行こうと思う
思いがけないところできっと
このワインに似合う素敵な人に会えるはずだ

 

 

待てよ? もしかしたらこのワインは
ぼくの胸の中で醗酵し醸成した
ぼくの思い出ではないだろうか
きれいに澄んだワインカラーの思い出は
クリスタルのグラスの中で懐かしさに香っているが
だからこそ素敵な出会いであれば
新しい人にも 再会の人にも
似合うような気がする

そうだ!
このワインを「思い出ワイン」と呼ぼう
素敵な出会いの人をこの「思い出ワイン」でもてなそう
そんな気持ちがぼくの心の中に湧いてきた

もしかしたらその人もきっと
素敵な「思い出ワイン」を
大事に持っているかもしれない
一枚の名刺を差し出すのではなく
長い自己紹介をするのでもなく
身の上話をするのでもなく
あれからの消息を説明するのでもなく
この一杯の「思い出ワイン」は
そっと互いに注ぎ合い
チンとグラスを合わせればいい
グラスの中で思い出が揺れ合うだけでいい

どこかの木もれ日レストランの
静かな片隅のテーブルに向かい合って座り
きれいなクリスタルのグラスに
澄んだワインカラーで揺れている
互いの「思い出ワイン」にそっと微笑みを浮かべて
まなざしを懐かしく交換できれば
それでいいのではないか

ぼくの詩集をそっと向きを変えて
その人に差し出すように・・・