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       オカリナの思い出  線香花火

 

  線香花火

 


どんなにやさしくても 
きみは風
たとえ「そよ風」と呼ばれたとしても
ちょっとだけ遠慮して欲しい

静かに夕暮れが始まった
ぼくたちは線香花火を持っている
手さえも揺れないように緊張しながら
じっと火をつけてくれるのを待っている
心を預けられる人たちと
夕飯を共に楽しんだ人たちと
なぜか胸を小さく弾ませて・・・
 
シューッと火が始まる
小さく火がほとばしる
黒煙が匂いながら流れて
細い線香花火の下端で
マグマが激しく回転している
まるで太陽のように丸まって
次の爆発のためのエネルギーを
内に充満させているようだ

静かに時が充実すると
初めのひとつがシャッと
小さなマグマの玉から離れて
一瞬にたんぽぽの羽毛のような
光の華を咲かせて消えた
やがてそれは次々と
マグマの玉の周辺に飛び散り
いつかものすごい数の光の華を放ち
やがてクライマックスを迎え
次第に自らには似合わないほどの
素晴らしいエネルギーを使い果たしたように
力をなくし華を失い
やせ細ったマグマの玉は
小さく小さくなって
弱々しく光の雨だれになり
すうっと終る
すると深い闇がぼくたちを包む
それはまるで安堵のようだ
そしてなぜか辺に寂しさが漂う
 

 

もどる

 

 

ぼくたちひとりひとりの懐の中で
世界を席巻するような
光の華の一大イベントが展開する
そして細い小さな線香花火の
なんと華やかに 可憐に
けれど去って行く恋人の
後ろ姿のようにほのかに消えるのだろう
昨日までの笑顔が愁に戻るように
人生の中で何度こんな深い寂しさと一緒に
秘かに満ちた闇の中で泣いたことか
終末という寂しさを
沈黙の嗚咽の中で耐えたことか
 
そして 次の朝が来る
青春を終った次の日の朝が
初恋を終えた次の日の朝が
夢がついえた次の日の朝が
希望が消えてしまった次の朝が
喧嘩別れをした次の朝が
信頼を失ってしまった次の朝が
空っぽの風船が
半分空気をなくして漂うような
枯れてしまっても落ち切れないで
わずかな未練のために枝に残っている花のような

そんな次の朝が来る
 
ふと無意識にまた手に取ってみる
次の線香花火には
もう未練という悲しみの火しか着かない
やがて絢爛と儚い思い出が華のように
湧いては消えるような気がする

もういいよ 
お前、そよ風よ
やさしく吹いてくれ
そっとこの寂しさを連れて行ってくれ

あんな次の朝は辛すぎる